先日、昼食に美味しそうにソーメンを食べていた母が、途中むせ込み、タンが絡み呼吸困難となりました。
ガン末期は、体中の筋力が衰えてしまうので、自力でタンを切ることもできません。
タン吸引器があるのですが、看護師さんがやっているのを見ていても、自分でやったことはありません。
急ぎ在宅医に電話をして、看護師さんを呼びました。
来るまでの間、喉元に見えているタンをブラシで除いたり、背中や胸をさすって声を掛けていることしかできません。
母は苦しそうにゼコゼコと肩で息をし、手にはチアノーゼが出て来ました。
看護士さんが到着した時には、血中酸素濃度が60%(健常者は90~100%)まで落ち込み、危険な状態でした。
酸素吸入と点滴が開始されました。
看護士さんからは、あと数日の可能性もある、覚悟しておいてくださいと言われました。
また、良くなったとしても、今回のような生死にかかわる誤嚥の可能性が高いので、経口からの飲食が難しくなる。
その場合は点滴で補ってゆくしかない、と説明がありました。
この点滴ですが、様々に意見が分かれるところであります。
老衰も含め、人間は末期になると、枯れてゆこうとするので、飲み食いできなくなるのが自然であり、自然に逆らってまで体に水分を
送り続けることは、かえってタンの誘発、体中のむくみを引き起こし、本人を苦しませることになる、という考え方。
かたや、たとえ体がむくんで、本人の意識がもうろうとしている状態であっても、1日でも長く生きていてほしいから、点滴を続けていくという考え方。
どちらも正解なのでしょう。
母の場合、在宅医の先生方は延命の立場をとり、週2回来てくれている訪問看護士さんたちは、自然に楽に、という立場をとる方たちで、意見が割れていました。
が、決定権は本人及び家族にあります。
今回、緊急だったこともあり、当たり前のように点滴も開始されました。
が、結果、母の左右の手はパンパンに膨れ上がりました。
タンも相変わらず絡み、ゼコゼコした呼吸が続きました。
翌日、私は父と相談して、一旦点滴を止めました。